映画『パコと魔法の絵本』、たいへん楽しくみた。
(9月21日、新宿にて)
下妻物語の時も思ったけど、色の美しい監督だと思う。
舞台となってる病院の随所のデザイン……ロビー、回廊、庭なんかも、とっても魅力的だ。
この人、導入部分のツカミもウマイよね……。

……というか、泣きましたよ、よく泣くんだ、私。
なにしーろ(ゲロゲーロ)、大人のファンタジーに弱いからーね……。
かわいい女の子にも弱いんだけど、(パコは予想してたよりはアレだけど)
(クリスマスキャロルの)スクルージじいさんみたいな孤独な爺にも弱い。
それが両方でてくるから、この映画。
いや、CMや宣伝をみると子ども向けに見えるけれど
大人がもっと見ていい映画なんじゃないかと思います。
極彩色のデフォルメされた映像や
派手で突飛な衣裳の、濃い役者
オーバーな演技と演出に目眩がするようなカメラワーク
そんな魔法・技法満載のファンタジー映画なのだが
……いくつも考えさせられた。
元になっているのは舞台。
後藤ひろひと原作の『MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人』だ。
そう思ってみると、映画の映像の過剰な作り込みは
元の舞台に対する映画監督中島哲也の
映像からの挑戦状……なのかもしれない。
だって、ファンタジーって、なにか
たぶん、人生不変の、魂の栄養……みたいなもので
それは、見る人、ひとりひとりの心に行き渡るもので。
そういう、効果というか、栄養の消化吸収具合においては
観客が劇場の空気にのまれ、自身の心を役者に同調させて
それぞれの空想によって、テーマを補完して、感激する観劇という舞台のほうが、
二次元の幕に映像を投影してみせる映画という手法より
何万倍も、染みいるものでしょ……?
いちがいにそうとばかりはいえないかもしれないけれど
でもやっぱり、私は、
思い出すたび鳥肌が立つのは、
やはり……ウマイ舞台……の方が多い、かな。
(好きな映画もいっぱいあるけどね)
いや、なんにしても、ここまで映画がいいんだから
元の舞台が良かったんじゃないかと想像してしまうほど
この映画、すごく良かったわけです。
前述したような
“ファンタジー”というものを、きちんと作り上げることに出し惜しみがない。
ややもすれば、なぜここまで誇張するのか……バカにするなとか
1日しか記憶が持たないなんて泣かせのための無理無理な設定じゃんか……とか
登場するヤツラの抱える問題が当たり前すぎる……とか
途方もなく想像力のない人々は、
そんなアホみたいなツッコミをしたりするかもしれませんけどね。
そんなところに捕らわれることこそ、
それこそが病気なんだよなぁ……といいますか。
ファンタジーっていうものを、
竜と剣と魔法のことを書いた無意味な暇つぶし、
みたいに思ってる?……といいますか。
物語は重箱のような構造になってます。
物語(病院でのお話)の中に物語(ガマ王子の物語)を作り、
それを劇中劇として演じる物語を
誰かが解説する(病院を相続した若者の元に
現れたある人物が解説する)というような重層的な構造です。
これがまた、とてもよくできていて、魅力的で効果的です。
なにしろ、写真やら映画やテレビが出現したおかげで
現代人はとかく、物事を現実的に受け入れるようになっていて、ですね
ありそうなもないことを
ありのままに素直に想像することがヘタになっているわけです。
いきなり、そんなのありえないよ……というレベルのものがでてくると、
拒絶しちゃう。アリエネーといって想像することから逃げちゃう。
それを、回避するためにはいくつかやり方があると思うのですが
ここで採用されてるのは、
誰かに語らせ、聞き手を作ることで
疑問や感想を挟み込みながら、
より現実的でない世界に誘導していくやり方。
これが(病院を相続した若者の元に現れた人物が
病院でおきた過去の物語を回想して解説するという)回りくどいかもしれないけど着実な方法で、
一歩ずつ、物語の中の物語を受け入れられるように導く手法になってるのではないかと。
もうひとつ。
物語(病院での人々のやりとり)の中に、
重要な要素を持つもうひとつの物語(ガマ王子vsザリガニ魔人)を内在させるのは
物語が持っている(作者が書きたい)伝えたいテーマを
よりわかりやすくシンプルにダブらせて
見てる人により強烈により正しく伝えることができる……という効果があるのではないかと。
小説なんかだと、物語のままでも物語はすすむのですが
(読者が自分で読むからね)
それを劇中劇として演じるというのが
演劇ならではというか、らしいというか、
まぁ、セルバンテスとドン・キホーテの物語を重層的に構築してみせてる
『ラ・マンチャの男』なんかもそうですよね。
長いんですけど、ペーター・ヴァイスの
『サド侯爵の指導のもとにシャラントン精神病院の演劇グループによって演じられたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺』なんかもそうです。
『パコ……』では、
そういった物語全部を
コテコテでハイテンションな演出と演技で整えていて
メタな舞台を超える映画を作ろうとした
強いエネルギーを感じさせるわけです。
過剰にファンタジーらしくあることで
よりテーマをシンプルに際立たせ
そのままだったら
いまどき、恥ずかしくって口にするのもためらわれるような
「だれかのためになにかしてあげたいと思う心」を
細胞のひとつひとつに行き渡らせることができる
良薬は口に苦し……っていうような薬を
極彩色の映像とコテコテな演出の
飲みやすい糖衣錠にくるんだ、
ファンタジーという名の人生のお薬……ではないかと思いました。
一家に一錠、DVDになったら常備しよと思います……今年の夏は
なんだか買いたいDVDばかりが増えていきますが……。
あ、そうはいっても、一点だけ。
あんな年端もいかない、
親も死んでその記憶もままならない昔の少女マンガにもありえないぐらいかわいそう連発の設定の混血の美少女でないと
ガチガチに固まった爺の心を溶かせない……というのは
日本の男の子の危機的状況をヒシヒシと感じましたです。
……なんて悲しいのかなぁ。
※まぁ、元の『MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人』は見てないので、
あくまでも、
映画のできが良かったことからくる想像上のお話……ということで。
※大混雑してたバルト9の最前列の端の席だったので
途方もなく斜めって見づらい場所での鑑賞となったため、
かなり想像で補完してる部分もあり
もしかしたら、現実より過剰に良い映像に見えてる可能性も否めない(笑)